【インタビュー】モバイルエンターテイメントにおけるASEANベンチャー投資―モバイル界のNetflix「MobiClix」に聞く資金調達の背景と展望

近年モバイルゲームの海外展開といえば、中国・台湾・韓国など東アジアへのローカライズ展開が中心となり、ASEANへの拠点展開・パブリッシュ/ディベロップ機能開拓といった動きはいったん空白期に入りつつある。そうした中で、今回は「投資」という形で現地企業と連携し、新たな海外展開を推進している動きを取材する。
 
今回、第一回目を飾るのはシンガポールにあるMobiClixというサブスクリプションサービスを手掛ける会社だ。聞き覚えのない名前ではあると思うが、実は日本企業が出資を行い、現在途上国向けのゲームプラットフォーム・SVOD(Subscription Video on Demand)としては空前の成長をみせているシンガポールのベンチャー企業である。その創業者であるIdo Bukin氏に話を聞いた。 (インタビュアー:美田和成)
 

■世界16か国に展開される100万人の定額プラットフォーム…売上は年率1000%成長


―――: よろしくお願いいたします。Idoさんのライフヒストリーや起業の経緯について伺ってよろしいでしょうか。
 
Ido氏:イスラエルで生まれの現在22歳です。15歳で自分のウェブマーケティング・コンサルティング会社を起業、Match.comなどのアメリカのデーティングサイトの顧客獲得をビジネスにしていました。そして17歳の時にスイスで2社目を起業、今度は自分でデーティングサイトを3つ立ち上げ、ヨーロッパで展開しました。

その事業をしながら、世界の中で一番住むのに適した場所はどこか見つける旅をしていました。3年間かけて計12カ国(アメリカ、チリ、アルゼンチン、ペルー、スペイン、タイ、韓国、中国、シンガポール等)を転々として、最初のアムステルダムに戻ってきました。こうしたプロセスのなかで3社目にあたるMobiclixのアイデアが生まれています。

友人の息子がiPadでゲームを遊んでいる時に、何度も広告に邪魔されてイライラしているのを見て思いついたのです。広告なしでスムーズなユーザーエクスペリエンスを提供できれば、結構マーケットがあるのではないか、と。そこで2015年5月からMobiClixをプロジェクトとして始動、12月にシンガポールに会社を設立。ちょうど2年たった現在は、シンガポール・ベトナムのオフィスで18人のチームになっています。今月に韓国もオープン予定です。

事業内容はモバイルエンターテイメントの定額配信です。Netflixがビデオ、Spotifyが音楽を月々定額で提供しているように、弊社もゲームと動画をリーズナブルな価格で定期購読できるようになっています。

 
―――:物凄いバイタリティですね。22歳ですでに3社目の企業、12か国に住んで、今は3か国にまたがるチームを率いていらっしゃる。事業についてもう少し詳細伺えますか?
 


▲MobiClix社の関連サービス

 
Ido氏:はい、最初に2つのサービスをローンチしています。週次・日次課金で350個のゲームがプレイし放題のプラットフォームの“MocoPlay”と、同様に視聴し放題のビデオプラットフォーム“MocoViz”の2つのサービス(※関連サービス資料上部)です。
 
初年度から10倍規模で伸びており、今年はUS$1M(1.2億円) を超える予定です。来年には更にこの10倍になる見込みです。ユーザーは主に中東(エジプト、クウェート)、ヨーロッパ(イギリス、ポルトガル)、東南アジア(タイ、マレーシア)など世界16か国の市場に分散しており、全て有料購読者になります。規模だけでいえば中東が一番大きいですが、世界の合計で100万人を超えています。購読料金も週500円から、1日10円 まで 、マーケットに応じて柔軟に価格帯を調整し、発展途上国から先進国まで広くカバーしています。

 
―――:100万人ですか!?それって人数だけでいえばCrunchyRollとかHBO(Home Box Office)レベルですよね?世界トップのSVODのトップ10位クラスが定額購読100万人なので、その数字はすごいですよ。しかも中東がメインというのはちょっと想像しがたいですね。中でも先進国、発展途上国と全く違う特性の市場を押さえ、収益を上げられています。こちらはなぜこんな数字が実現できているのでしょうか?
 
Ido氏: 弊社の強みは、自分自身が15歳のときからスキルを磨き続けてきた「ユーザ獲得」です。どれだけ優れた製品(例えば面白いゲーム)を持っていたとしても、ユーザが獲得できなければビジネスとしては成立しません。このユーザ獲得の手法・スピード・判断こそが自社のケイパビリティです。

例えば我々は広告代理店を一切使いません。全てメディアから直接広告を購買しています。集客担当が9名、広告から課金・回収までのデータを解析するデータサイエンティストが1名専属でついており、収益が上がるユーザがどこからどのように入ってきていて、どの広告投資が高いリターンを上げているのか。各国ごと、各広告メディアごとに精緻に追跡調査し、日々広告投資の最適化を図っています。

さらに、独自の広告から回収までを追跡するトラッキングソフトウェアを開発中で、このシステムにより広告・課金・決済までの流れを全て自社で効率的にフォローできるようになり、今後の更なる広告投資のリターンを期待できます。

 
Ido氏: 弊社が常に掲げている「収益が上がるユーザを正しく獲得すること」というポリシーは、実は通常のユーザ獲得に比べて格段に難しい話なんです。例えば不正課金をするユーザが入ってしまう、あるいはLTVやエンゲージメントの低いユーザ割合が増えてくる、するとキャンペーンや広告投資のリターンは急激に下がっていきます。

こうした質の低いユーザを除外し、収益が上がるユーザを選別して獲得すること。CPI、CPCといった獲得コストを見るだけでは不十分で、その獲得コストに対して実際に幾らユーザが買ってくれたかという後工程のKPIこそが、リターンを最大化する上で見るべき指標だと考えています。
 
こうした情報は、AppStoreやGooglePlayにおいては容易に入手することができます。しかし弊社が展開している途上国ではクレジットカードを持っていないユーザが大半、当社含め、AppStoreやGooglePlay外でのサービス提供が多いのです。

そうした流れを追える既存システムは無いため、弊社独自のトラッキングシステムを開発し、マーケティング投資の最適化を自前で図らなければいけません。だからこそ唯一無二の会社になれますし、将来的にはこのシステム自体の外販も事業の軸として考えております。

 


■コンテンツ力を生かせていない日本企業の海外展開で連携…先行したブシロードの投資


―――:なるほど、コンテンツそのものというよりもマーケティング・アナリティクス側の機能を洗練し、自前の仕組みだからこそApple/Googleの届いていない途上国にも展開できる、ということですね。しかしながら、ご自身もイスラエル人で、シンガポール・タイ・ベトナムでサービス展開しながら、中東・欧州・東南アジアなど16か国でサービス展開されて、毎年10倍の規模で成長している。

逆にここまでのレベルでありながら、一体どういった背景で日本企業との接点を持つことになったのでしょうか?実は今回、貴社に同じシンガポールに拠点をもつブシロード社が投資している、ということでインタビューが始まっております。こちらの背景についてもお伺いできますか?
 

Ido氏: 出資を外部から受け入れることについては、実は最初は考えていませんでした。以前起業した2社も一度も資金調達はしておらず、すべて自己資金で運営してましたので。ただ、Mobiclixの事業を開始してみるとポテンシャルが想像した以上に大きく、このスピードを加速するためにも外部からの資金調達を決断しました。

そして目をつけたのが日本です。日本には、ユニークなコンテンツが数多くあるにも関わらず、海外に本格進出しているものは多くありません。コンテンツ力があるのに配信力で損をしている。MobiClixの世界16カ国にまたがるコンテンツ配信力を使って日本の優れたコンテンツを配信していけば、現在想定していないユーザー規模・売上が獲得できるはずです。コンテンツ面での提携を深めるために日本企業やVCを中心に話しをし、幸いにブシロード社をリードインベスターとして迎えることができました。

検討プロセスでは、日本・東南アジアの資金調達をサポートしている、プロジェクト・オーシャン社の高橋正名氏から紹介を受けました。創業社長の木谷高明氏・海外担当役員の中山淳雄氏と深いレベルで議論ができ、検討開始から2ヶ月後の2017年5月に出資を受けました。まだ少しの間は引き続きSeriesAとして投資家を募っている状態です。

 
―――: なるほど、つい最近なんですね。でもここまでのレベルなのであれば、多くの企業が興味をもったのではないでしょうか?

Ido氏: 資金調達が進行中なので具体名は開示できないのですが、日本の大手エンターテイメント企業、シンガポールの大手VCからも興味を示されて議論が進んでいます。

興味を示した会社は全般的には、上海やシンガポールの企業やVCが多く、海外市場における状況の違いが日本企業には受け入れられ難いのかなとも感じます。日本企業にとっても事業ポテンシャルは大きいだけに、もったいないように感じますが。ただ、そうした中でもブシロードさんは例外的な決断スピードの早さで、事業会社でこのスピードで投資の意思決定ができることにとても驚きました

 
―――: ここで同席頂いているブシロード社にもご意見お聞きしたいのですが、貴社としてはどういうポイントでMobiClixに出資しようと思われたのですか?
 
木谷氏:事業シナジー云々よりも、まずIdo氏の経歴・成功実績をみて、「この会社はいける」と思ったのが最初でした。アーリーステージの会社の場合、何よりも見るべきは人の部分。22歳にして起業3社目、シンガポールで事業していながらほとんどそこに人はおらず、ベトナムで低コストの集客オペレーションをしている。システムやゲームの調達はロシア。こんな会社、普通ないでしょ?
 
―――: 確かに(笑)ちょっと普通の日本企業には想像の及ばない話ですよね。
 

木谷氏:欧米を中心にケーブルカットが起こって、ペイチャンネルがデジタルに入れ替えられている。ゲームも中国のような例外を除けば、モバイルゲーム市場自体が成熟期に達しており、今後は限られたパイで競争が激しいところで戦っていかないといけない。

そうした中でNetlixの映像メディアも、またApple/Googleといったアプリ内課金プラットフォームも入り込めていない市場に、MobiClixが大手には絶対にできない攻め方・スピードでサービスの地平線を切り開いている。このチャネルに、弊社のヴァンガードやBanG Dream(バンドリ)といったアニメ映像資産やゲーム資産、また協業している新日本プロレスといったスポーツ映像コンテンツなどコンテンツ面では十分にシナジーが出せる。そして何より「日本企業には想像の及ばない」という点に、弊社が出せる付加価値があると判断しました。
 

―――: なるほど。木谷さんはご自身でも創業者でありながらシンガポールに拠点を移されて、かなり積極的に海外展開の舵をとられてきました。今回のMobiClixへの出資も貴社の海外展開の一環とみてよいのでしょうか?
 

木谷氏:2014年から数えて、シンガポール生活は3年になります。ただ期待していたグローバル化が、今後しばらくは停滞するだろうとみています。ASEAN経済圏の対内外での関税撤廃などを期待してTCGやグッズの展開を推進してきましたが、トランプ以降各国が保護主義に反転している傾向がみえます。

そうした中で弊社はいくつかの施策が当たって、来期は大きく成長できるチャンスがあります。自分は日本にもどってそうしたプロデュース業に専念し、ブシロード本体としての成功確度を上げていく。そのコンテンツを海外展開するという段で、Ido氏のところやそれ以外にも自分たちにはできない領域・スピードを担保できる協業先と一緒にやっていく、というのを見据えています。

 

■ライセンス・ペイメントと更なる成長事業軸…日本でのIPOも視野に


―――:ありがとうございます。それでは、最後に、今後MobiClixとしてはどこを目指していくのでしょうか?
 
Ido氏:実は、現在MocoPlay, MocoVid以外のサービス展開がはじまろうとしています。最初の2つのサービス運営を通じて、自前のコンテンツにこだわり過ぎると、成長をスピードダウンする恐れがあるとわかってきました。それよりも、すでに存在する力のあるコンテンツを世界中からライセンスし、当社は得意とするマーケティング・流通にフォーカスする。「ライセンス事業」を3本目の柱とすることで、現在の成長スピードをさらに加速させることができるのではないか、と。

ブランド力のあるコンテンツを持った大企業とコンタクトを取ってみたところ、MobiClixの強みである「収益につながる顧客獲得マーケティング力」「途上国における収益化プラットフォーム」が評価され、Intel、WWE、Hopsterといった企業からライセンスを受けることになりました。(※関連サービス資料下部)

Intelとは同社製品のマカフィーモバイルセキュリティをMobiClixが配信する契約、WWEはアメリカの最大手プロレス団体で、彼らのビデオコンテンツ配信のラインセンスを得ています。Hopsterは世界的に人気の子供向けTV番組アプリで、日本でも人気のある代表的なタイトルの機関車トーマスを保有しています。
 
また、テクノロジーの部分では、 ペイメントゲートウェイの進化に関与していきたいと考えています。発展途上国ではクレジットカードを持たないユーザが大多数のため、少額決済をどう実現するのかが通常は大きな問題になります。弊社はすでに各国の大手携帯キャリア26社とネットワークを築き上げており、携帯キャリアによる決済・集金を実現できています。後払い携帯ユーザの決済に加え、プリペイド携帯ユーザも、携帯キャリアはプリペイド残高から決済ができ、購買力が無いユーザも弊社の優良顧客となってくれています。

そうした中でペイメントゲートウェイが技術的にかなり遅れていることが実感できました。自社内にも経験と業界知見が豊富な人材がおり、携帯キャリアのペイメントシステムのアップデートを手伝っていますが、こうしたビジネス基盤を強化していく点も、新しいビジネスの種にしていければと思っております。
 
モバイルエンターテイメントにはまだまだ様々な事業ポテンシャルがあると思います。我々はまず、モバイルエンターテイメントの流通エコシステムを作っていきます。
モバイルコンテンツ流通において不可欠な、ライセンシング、トラッキング、アドネットワーク、ペイメント、といった構成要素を押さえ、モバイルエンターテイメントの流通エコシステムの中心にMobiClixがいる。強力なコンテンツを保有するパートナーとタッグを組んで、ユーザ獲得をしていく。そんな状況の実現をめざしていきます。
 
将来的には東京証券取引所でのIPOも念頭においており、ベテラン経営者である木谷社長からのアドバイスも得ながら、更なる事業展開、会社の成長を推進していきます。

▲2017年5月に締結されたMobiClix・ブシロード社の投資契約調印式。
左から木谷高明氏、Ido Bukin氏、中山淳雄氏

―――: 日本での上場も視野に、ということでとても楽しみですね。お時間ありがとうございました。


※インタビューに関して意見に関連する部分はすべて私見によるものとなります。
 

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